少し前の新聞に、天台宗が末寺の住職が不足しているので「小僧さん」を一般から公募するという記事が出ていた。
僧職は多くが世襲である。ご時勢であるから、家業を嗣ぐのをいやがる若者も多い。いきおい無住の末寺が増えて、坊さんたちは一人でいくつもの寺と檀家のめんどうをみることになり、激務で身体がもたない。そこで、ひろく後継者を求め、宗勢の維持に努めることしたというお話である。
読んでいるうちに、今から「坊主」になるのも悪くないという気がしてきた。
考えてみると、西行とか吉田兼好とか熊谷直實とか、古来、人生の辛酸をなめ尽くした中年男が、ふいと出家遁世して坊主になるというパターンは少なくない。さんざん世俗の悪徳にまみれたあとに、頭をまるめて、諸国を流浪しながら歌を詠んだり、ひねもすよしなしごとを書き綴ったり、殺めた美少年の霊を弔って横笛を吹いたりして、すずしく晩節を全うするのは、男としてたいへん正しくも潔い生き方のように思える。
もちろん、「ふいと」家を出て、蒸発してしまうお父さんというのは今でもいくらもいる。ドヤ街というところには、過去を捨てた男たちが大挙して暮らしているし、新宿あたりの地下通路には段ボールに身をくるんだ今風の遁世者たちがあまたおられる。
40過ぎた男で、何もかも捨てて、漂泊の旅に出たい、と一度も思ったことのないものはまずいないであろう。それをあえて決断できないのは、家族や仕事に対する責任感によるわけではない。出て行ったそのあと、長期にわたって漂泊の生活を「支える」に足るだけの生活上・精神上の支えが確保できないからである。
もちろん雪深い港街で流れ者のバーテンダーとなり、年増のママに「龍次さんて、昔のことをひとつも話さないのね」などとささやかれて、ふと眼を細めて「今日は雪になりそうですね」としずかに煙草の煙を吐くというようなチョイスが全くないわけではない。
あるいは広大な北海道の牧場で、寡黙な牛追いとして働き、年増の女牧場主の息子に「おじさん、いつまでもいてね」となつかれ、「自分は、そういうの、だめなんです」と渋くつぶやく、というような可能性が絶無であるというのではない。
しかし、そういう北方謙三的シチュエーションに恵まれるためには、なにかのはずみでマグナムを慣れた手つきで撃ちまくったり、やくざのわき腹に年期の入ったフックを食らわせたり、きかん気のサラブレッドを巧みに疾駆させたりというそれなりの裏技が必要なので、もとが「普通のおじさん」には望むべくもない。
その点、「出家」はよい。
とりあえず僧職という「専門職」を習得するわけである。経を読み、真言を唱え、九字を切り、護摩を焚き、葬式を上げ、戒名をつけ、「法力」が身に付けば、悪霊を供養し、前世を霊視し、衆生を済度し、なんでもできる。うまくすれば大悟解脱も夢ではない。
その基本にあるのが、諸行無常、すべては空、という諦念であるから、おのずと四季のうつろい、花鳥風月の趣、およそはかなき世の美はしみじみと身にしみるに違いない。歌は詠む、随筆は書く、琴棋詩酒(酒はだめか)、高雅のたしなみひとにすぐれて、小林秀雄も裸足で逃げ出す美的生活者となる。
日本のおじさんの漂泊の旅がいまいちぱっとしないのは、家を捨て、仕事を忘れて旅だった先が、パチンコ屋の従業員宿舎であったり、ビル工事の飯場であったり、自分が捨てたはずの現実と地続きのところばかりだからである。
その点、「寺」はよい。
簡素で、清潔で、俗臭がない。作務衣を着て、枯れ葉を掃き清め、お粥を食べて、勤行につとめれば、胃潰瘍も糖尿もあらかたかき消えるであろう。
この場を借りて、私は「出家」という人生の選択肢の充実を、ぜひとも仏教各宗派の関係者にお願いしたい。
お寺が迎え入れてくれるという体制が整ったら、日本のおじさんたちのかなりの部分は人生のやり直しを出家遁世に求めるであろう。仏門の教勢はいやがうえにも高まり、膨大な数の「おじさん坊主」の活動に支えられて、日本の精神文化は節度と深みを回復するであろう。
世紀末のトレンドは「出家」だ。私はまじめにそう予言する。